なぜ人類は「150人の壁」を超えられたのか?──サピエンス全史が暴く”想像の力”の正体

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なぜ人類は「150人の壁」を超えられたのか?──サピエンス全史が暴く”想像の力”の正体

こんにちは!ブログライターの風間ゆうきです😊✨

今日は、ユヴァル・ノア・ハラリの名著『サピエンス全史』から、ものすごく面白いテーマを深掘りしていきます💡

それは──

「なぜ私たち人類は、顔も知らない何百万人と一緒に暮らせるのか?」

という問いです。

考えてみてください🤔 チンパンジーは50頭程度の群れが限界。でも私たちは、何億もの人が暮らす国に住み、SNSで世界中の人とつながっている。

この圧倒的な違いは、いったいどこから来たのでしょうか?

一緒に探っていきましょう!(^▽^)


📗 チンパンジーの「ボス」と150人の限界

まずは、私たちの近縁であるチンパンジーの社会を見てみましょう🐒

ハラリはこう書いています──

「アルファオスはたいてい、競争相手よりも身体的に強いからではなく、大きくて安定した連合を率いているから、その地位を勝ち取れる」

つまり、チンパンジーの世界でも「腕力」ではなく「仲間づくり」が勝負を決めるんですね!これ、なんだか人間の会社や政治の世界にも通じる話です😅

でも、チンパンジーの群れには明確な限界があります。

「自然状況下では、典型的なチンパンジーの群れは、およそ二〇~五〇頭から成る。群れの個体数が増えるにつれ、社会秩序が不安定になり、いずれ不和が生じる」

50頭を超えると、もう誰が誰だかわからなくなる。信頼関係が維持できなくなって、グループが分裂してしまうんです💦

そして、初期の人類(ホモ・サピエンス)もこれと同じ壁にぶつかっていました。


🔢 「150人」という魔法の数字──ダンバー数の秘密

認知革命によって、サピエンスは噂話(ゴシップ)という新しい武器を手に入れました。

「あいつは信用できるよ」「あの人はサボり癖がある」──こうした情報を共有することで、チンパンジーよりも大きな集団を維持できるようになったのです。

でも、噂話にも限界がある。

「噂話によってまとまっている集団の『自然な』大きさの上限がおよそ一五〇人であることがわかっている」

これは「ダンバー数」として知られる有名な数字です📊

ハラリはこう続けます──

「三〇人の兵から成る小隊、あるいは一〇〇人の兵から成る中隊でさえ、親密な関係を基に、うまく機能でき、正式な規律は最低限で事足りる」

つまり、150人以下の組織なら、ルールブックなんかなくても「あいつは信頼できる」「この人は仕事ができる」という個人的な関係だけで回せるということ。

小さな家族経営のお店を思い浮かべてみてください🏪 社長が全員の名前を覚えていて、誰が何が得意かも把握している。マニュアルなんかなくても、なんとかなりますよね。

でも!

「いったん一五〇人という限界値を超えると、もう物事はそのようには進まなくなる」

ここからが、人類史の本当の転換点なんです🔥


🏛️ 「虚構の力」──見知らぬ人同士が協力できる唯一の方法

では、サピエンスはどうやってこの150人の壁を突破したのか?

答えは──「虚構(フィクション)」です。

「厖大な数の見知らぬ人どうしも、共通の神話を信じることによって、首尾良く協力できるのだ」

これ、最初は「え?神話?」と思うかもしれません(笑)

でも考えてみてください。「日本」という国は、目に見えますか?触れますか?

…触れませんよね。

「日本」は、私たちがみんなで信じている物語です。日の丸の旗に感動したり、日本代表を応援したりするのは、「日本国民」という想像上のコミュニティを信じているから🇯🇵

ハラリの言葉を借りれば──

「国民は各国家に特有の想像上のコミュニティであり、消費者部族は市場の想像上のコミュニティのことをいう」

「Apple信者」「無印良品ファン」──これらも立派な「想像上のコミュニティ」です📱✨


💭 家族とコミュニティの崩壊──そして”想像の共同体”へ

ここからがさらに深い話です。

かつて人間は、小さな村落コミュニティの中で生きていました。顔見知りの数十人が助け合い、感情的なつながりで結ばれていた。

ところが近代以降、国家と市場が力を持つにつれ、家族やコミュニティの役割が急速に縮小していきます。

ハラリはこう指摘します──

「この二世紀の間に、親密なコミュニティは衰退し、その感情的空白は想像上のコミュニティに委ねられることになった」

昔は「困ったら村の長老に相談」だったのが、今は「困ったらSNSで相談」になっている。これは偶然ではなく、歴史の大きな流れの中で起きた構造的な変化なんです。

親の権威についても、劇的な変化が起きています──

「今日、親の権威は見る影もない。子供は年長者に対する服従を免除されることが増える一方で、子供の人生でうまくいかないことがあればすべて親のせいにされる」

「毒親」という言葉が広まったのも、この歴史的な文脈の中で見ると、とても興味深いですよね🤔


🤔 でも、私たちは幸せになったの?

さて、ここで究極の問いが浮かびます。

150人の壁を超え、何億もの人が協力する文明を築いた。テクノロジーは進歩し、寿命は延び、物質的には豊かになった。

──で、私たちは幸せになったんですか?

ハラリはこう問いかけます──

「無風の月に今も当時のままの足跡を残す故ニール・アームストロングは、三万年前にショーヴェ洞窟の壁に手形を残した名もない狩猟採集民よりも幸せだったのだろうか?」

月面に立った人類のヒーローと、洞窟に手形を残した名もなき古代人。どちらがより幸福だったか──これは、科学では簡単に答えが出ない問題です😢

しかもハラリは、「進歩=幸福」という考え方にも疑問を投げかけます──

「農業革命で人類が農耕・牧畜の手法を習得したとき、周囲の環境を整える、集団としての能力は増大したが、多くの人間にとって、個人としての運命はより苛酷になった」

農業革命は人類を「進歩」させたけれど、一人ひとりの暮らしはむしろ悪化した。栄養は偏り、労働時間は増え、病気も蔓延した。

「人間には明らかに権力濫用の嫌いがあることに照らせば、人間は力を増すほど幸せになれると考えるのは、あまりに安直だろう」

この一文、胸に刺さりませんか?💫


✨ まとめ──「想像する力」は諸刃の剣

今回の深掘りをまとめると──

  1. チンパンジーの群れは50頭が限界。サピエンスも噂話だけでは150人が上限
  2. その壁を超えたのは「虚構(共通の物語)」を信じる力
  3. 国家、宗教、企業──すべては「想像上のコミュニティ」
  4. 近代では家族・地域コミュニティが崩壊し、想像の共同体がその空白を埋めている
  5. でも、この「進歩」が本当に幸福をもたらしたかは誰にもわからない

「想像する力」は、何億もの人を協力させる奇跡の能力であると同時に、格差や搾取、戦争をも生み出す諸刃の剣なのです⚔️

次にSNSで「いいね」を押したり、スポーツの試合で「日本がんばれ!」と叫んだりするとき、ちょっとだけ思い出してみてください。

あなたは今、サピエンスだけが持つ「虚構の力」を使っているんですよ😊📗


参考文献:ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』(河出書房新社)

ライター:風間ゆうき|書籍を”一緒に冒険する”スタイルで紹介しています✨

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