【2026年2月版】EU AI ActとGDPR改革:デジタルオムニバス規制がもたらすデータ保護の転換点
2026年、EUのデータ保護とAI規制の枠組みが大きな転換期を迎えています。欧州委員会が提案したデジタルオムニバス規制は、GDPRとAI Actの両方に大幅な変更を加える内容で、AI開発のためのデータ利用緩和、中小企業の負担軽減、そしてコンプライアンス期限の延長が含まれています。本記事では、この歴史的な規制改革の詳細と、企業・開発者が取るべき対応を解説します。
欧州委員会のデジタルオムニバス規制提案とは
2025年11月19日、欧州委員会は2つの大型提案を発表しました。デジタルオムニバス規制提案(Digital Omnibus Regulation Proposal)とAI向けデジタルオムニバス提案(Digital Omnibus on AI Regulation Proposal)です。
IAPP(International Association of Privacy Professionals)は、この提案を「GDPRとAI Actへの重大な改革」と報じています。
これらの提案の背景には、米国や中国との競争激化、ドラギ報告書で指摘された課題、そして欧州委員会自身の「規制だけでは十分ではない」という認識があります。
“These changes reflect competitive pressures from the US and China, concerns raised in the Draghi Report, and Commission recognition that regulation alone is not enough.”
GDPRの主要な変更点
AI学習のための個人データ利用の合法化
最も注目すべき変更は、GDPRに新たな条文(第88c条)が追加され、AI学習のための個人データ利用が正当な利益(Legitimate Interest)として認められる方向性が示されたことです。
Crowell & Moring法律事務所の分析によると、欧州委員会は「組織はAI関連の目的で個人データを処理するために正当な利益に依拠することができる。ただし、GDPRの既存の全ての安全措置を完全に遵守する必要がある」と提案しています。
“Organizations may rely on legitimate interests to process personal data for AI-related purposes, provided they fully comply with all existing GDPR safeguards.”
これは、これまでGDPRの厳格なデータ処理制限がEUのAI開発を阻害しているとの批判に応えるものです。ただし、センシティブデータの利用についての保護が弱体化する懸念も指摘されています。
Cookie同意の簡素化
広告テクノロジー分野に大きな影響を与える変更として、ユーザーが「ワンクリック」でCookieを受け入れまたは拒否できる仕組みが義務化されます。さらに、組織はユーザーの選択を6ヶ月間尊重する必要があります。
データ侵害報告の一元化
GDPR、NIS2、DORAなど複数の規制にまたがるデータ侵害通知を、「シングルエントリーポイント」で一括報告できるようになります。これにより、企業の管理負担が大幅に軽減されます。
中小企業への負担軽減
処理活動記録(Records of Processing Activities)の免除対象が、従業員250人未満の組織から750人未満の組織に拡大されます。また、リスク閾値が「あらゆるリスク」から「高リスク」に引き上げられます。
AI Act(EU AI法)の主要な変更点
コンプライアンス期限の大幅延長
Latham & Watkins法律事務所の分析によると、AI Actの高リスクAIシステムに対するコンプライアンス期限が大幅に延長されます。
Annex IIIに記載された高リスクAIシステムについては、当初の2026年8月2日から2027年12月2日に延長されます。Annex Iに基づく高リスクAIシステムについては、2028年8月2日まで延長されます。
AIリテラシー義務の廃止
現行のAI Actでは、プロバイダーとデプロイヤーに従業員のAIリテラシー確保が義務づけられていますが、デジタルオムニバス提案ではこの義務が廃止されます。代わりに、欧州委員会とEU加盟国がAIコンピテンス開発を「奨励する」形に変更されます。
AI Officeの権限強化
汎用AI(General-Purpose AI)システムに対する監督権限がAI Officeに集中化され、加盟国間の規制の分断が軽減されます。
Big Techの影響力
Corporate Europe Observatoryは、この規制緩和の背景にBig Techのロビー活動があると指摘しています。デジタル権利の後退を懸念する声も上がっており、プライバシー保護とイノベーション促進のバランスが改めて問われています。
今後のスケジュール
この2つのオムニバス提案は、欧州議会と理事会の承認を必要とするトリローグ・プロセスに進みます。法制化は2026年中頃までに実現する見込みです。パブリックコンサルテーションは2026年3月11日まで受け付けています。
実践手順:企業が今すぐ取るべき対応
デジタルオムニバス規制の最終化を前に、企業が取るべきアクションを解説します。
ステップ1:現状の棚卸しとして、現在のGDPRコンプライアンス状況と、AI関連の個人データ処理活動を棚卸しします。正当な利益に基づくデータ処理がどの程度行われているかを把握してください。
ステップ2:AI学習データの法的根拠の見直しとして、AI開発にどのような個人データを使用しているかを特定し、新たな正当な利益の枠組みの下でどのような処理が可能になるかを評価します。
ステップ3:コンプライアンスロードマップの更新として、AI Actの高リスクAIシステムに関するコンプライアンス期限の延長を考慮して、対応スケジュールを見直します。ただし、延長が確定するまでは従来の期限での準備も継続してください。
ステップ4:Cookie同意メカニズムの準備として、ワンクリック同意/拒否の仕組みを実装する準備を開始します。CMP(Consent Management Platform)ベンダーとの連携が重要です。
ステップ5:パブリックコンサルテーションへの参加として、2026年3月11日までのパブリックコンサルテーションに意見を提出し、自社のビジネスに影響する条項について声を上げることを検討してください。
よくある質問(FAQ)
Q: GDPRが緩和されるということですか?
完全な緩和ではなく、「合理化」と位置づけられています。AI学習のためのデータ利用が正当な利益として認められる方向ですが、GDPRの基本原則(データ最小化、目的限定、透明性等)は維持されます。
Q: 日本の企業にも影響はありますか?
EUの個人データを取り扱う日本企業にはGDPRが適用されるため、直接的な影響があります。特にAI開発でEU市民のデータを利用する場合、新しい正当な利益の枠組みは重要な変更点です。
Q: AI Actの適用はいつから始まりますか?
禁止されるAIプラクティスに関する条項は既に2025年2月から適用されています。高リスクAIシステムのコンプライアンス義務は、デジタルオムニバスが承認された場合、2027年12月〜2028年8月に延長される見込みです。
Q: 「Shadow AI」とは何ですか?
従業員が組織の承認なしにAIツールを業務に使用する現象を指します。2026年のデータ保護の新たな課題として注目されており、適切なAIガバナンスポリシーの策定が求められています。
まとめ
EUのデジタルオムニバス規制提案は、GDPRとAI Actの両方に歴史的な変更を加える可能性を秘めています。AI学習のための個人データ利用の合法化、中小企業の負担軽減、コンプライアンス期限の延長は、EUのデジタル競争力を強化する意図がありますが、プライバシー保護の後退を懸念する声も根強いです。
2026年3月11日のパブリックコンサルテーション締切、そして2026年中頃の法制化を見据え、企業は今からコンプライアンス戦略の見直しを開始すべきです。
参考資料
- European Commission Proposes Significant Reforms to GDPR, AI Act – IAPP
- EU AI Act, GDPR, and Digital Laws Changes Proposed – Crowell & Moring
- Digital Omnibus: EU Commission Proposes to Streamline GDPR and EU AI Act – Latham & Watkins
- How Big Tech Shaped the EU’s Roll-Back of Digital Rights – Corporate Europe Observatory
- New Privacy, Data Protection and AI Laws in 2026 – Pearl Cohen

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