「男らしさ」も「女らしさ」も作り話だった?──サピエンス全史が暴く”性別の神話”と進化心理学の深層

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「男らしさ」も「女らしさ」も作り話だった?──サピエンス全史が暴く”性別の神話”と進化心理学の深層

こんにちは!ブックナビゲーターのナオミです😊✨

今日はちょっとドキッとするテーマに踏み込みます。

「男らしさ」「女らしさ」って、本当に”自然なもの”なの?

サピエンス全史を読んでいると、私たちが当たり前だと思っていたことが次々とひっくり返される瞬間があるんですが、「性別」の話はまさにその代表格💡

今回は 「深掘り・専門分析」 として、ハラリが描く「性別の神話」「進化心理学と社会構造」「歴史の不確実性」という3つのテーマを横断しながら、私たちの”当たり前”を問い直していきましょう📗


🔍 セックスとジェンダー──生物学と文化の境界線

まず、ハラリが丁寧に解説してくれるのが「セックス(生物学的性別)」と「ジェンダー(社会的・文化的性別)」の違い。

「生物学的性別はオスとメスに分かれており、この区分の特性は客観的で、歴史を通じて不変だった。社会的・文化的な性別は男性と女性に分かれている。いわゆる『男らしい』特性と『女らしい』特性は共同主観的で、たえず変化している」

ここ、めちゃくちゃ大事です!🔑

つまりこういうこと👇

  • セックス → X染色体とY染色体で決まる。シンプル。変わらない。
  • ジェンダー → 社会が「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」と決めたもの。時代や文化でコロコロ変わる。

たとえば、古代アテネの女性と現代アテネの女性では、期待される行動も服装も姿勢もまるで違います。生物学的には同じ「メス」なのに、社会が求める「女性像」は完全に別物なんですね😲


💪 「本物の男」を証明し続ける終わりなきレース

ハラリの指摘でゾクッとするのが、この部分です。

「男性は揺りかごから墓場まで、儀式や演技を果てしなく続け、一生にわたって男らしさをたえず証明しなければならない」

「とくにオスは、男らしいと主張できる資格を失う恐れにつねにつきまとわれて生きている」

これ、現代でも思い当たりませんか?

「泣くな、男だろ」「稼げてこそ一人前」「弱音を吐くな」──こうしたプレッシャーは、実は何千年も前から社会の”神話”として受け継がれてきたものなんです。

そしてこの神話は、女性にも同じように重くのしかかります。「自分が十分に女らしいことを自分自身にも他人にもたえず納得させなければならない」 とハラリは書いています。

つまり、男も女も、「らしさ」という名のゲームを一生プレイし続けている。しかも、そのルールは自分で決めたものではなく、社会の神話が決めたもの(><)


🏛 家父長制はなぜこんなにもしぶとい?

ハラリが注目するのは、家父長制の「異常なまでのしぶとさ」です。

「エジプトは、長年の間に何度も征服された。アッシリア人やペルシア人、マケドニア人、ローマ人、アラビア人、マムルーク人、トルコ人、イギリス人がエジプトを占領したが、それでも社会はつねに家父長制のままだった」

征服者が変わっても、法律が変わっても、文化が変わっても──「男性優位」という構造だけは頑固に残り続けた

さらに驚くべきことに、コロンブスがアメリカ大陸を「発見」する1492年以前、アメリカとアフロ・ユーラシアは何千年も接触がなかったにもかかわらず、両大陸とも大半が家父長制だったんです。

これって偶然の一致で説明できるのでしょうか?🤔

ハラリは 「これほど普遍的なので、偶然の出来事が発端となった悪循環の産物のはずがない」 と指摘します。ここに、まだ学問が完全には答えを出せていない大きな謎があるんです。


🧬 進化心理学──私たちの「心のOS」は石器時代製?

ここからさらに深い層に入ります。

私たちが今感じている欲望や衝動──甘いものへの執着、嫉妬、不安──これらは数万年前の狩猟採集時代に形成された「心のOS」のようなものだと、進化心理学は考えます。

有名な例が「大食い遺伝子」説。なぜ私たちはアイスクリームを見つけると止められないのか?

それは、食料が不安定だった祖先の時代に、カロリーの高いものを見つけたら一気に食べる個体が生き残ったから。その遺伝子が私たちにも受け継がれているというわけです🍦


👨‍👩‍👧‍👦 核家族 vs 古代コミューン──どっちが「自然」?

進化心理学の中でも特に議論が白熱するのが、人間の「自然な」社会構造についてです。

一方には 「古代コミューン」派 がいます👇

「古代の狩猟採集民の集団は、一夫一婦制の男女を中心とする核家族から成っていたわけではなく、私有財産も、一夫一婦制の関係も持たず、各男性には父権さえない原始共同体で暮らしていた」

もう一方には 「永遠の一夫一婦制」派 がいて、人間は本来カップルで子育てするものだと主張します。

でも、ハラリが正直に認めるのは──

「この論争にけりをつけるためには、祖先の生活状況について学ぶ必要がある。あいにく、狩猟採集民だった私たちの祖先の暮らしに関して、確かなことはほとんどわかっていない」

そう、わからないんです

石器時代のことを「石器時代」と呼ぶこと自体が偏見かもしれない。ハラリはこう指摘します──より正確には「木器時代」と呼ぶべきだろう。古代の狩猟採集民が使った道具の大半は木でできていたから。石は残りやすいから目立つだけで、実態とは違うんですね💡


🎲 歴史は予測できない──「二次のカオス系」という衝撃

そしてここが、3つのテーマが交差するポイントです。

家父長制がなぜ普遍的なのか、人間の「自然な」社会はどんなものか──こうした問いに対して、ハラリは歴史の本質的な不確実性を示します。

「歴史は決定論では説明できないし、混沌としているから予想できない。歴史はいわゆる『二次』のカオス系なのだ」

一次のカオス系(天気など)は、予測が難しくても理論的には精度を上げられます。でも二次のカオス系は、予測そのものが結果を変えてしまう

面白い例えがあります👇

「翌日の石油価格を100%の精度で予想するコンピュータープログラムを開発したらどうなるだろう? 石油価格はたちまちその予想に反応するので、その結果、予想は外れる」

政治も同じ。

「革命はそもそも予想不可能に決まっている。予想可能な革命はけっして勃発しない」

これ、本当に鳥肌モノの指摘ですよね😳✨


🔗 3つのテーマが教えてくれること

ここまでの3つの話を繋げてみましょう。

  1. 性別の「らしさ」は神話 → 社会が作った物語であって、自然法則ではない
  2. 人間の「自然な」社会構造は不明 → 進化心理学もまだ答えを出せていない
  3. 歴史は予測不可能 → 今の「当たり前」が未来も続くとは限らない

つまり、「男はこう、女はこう」「家族はこうあるべき」「社会はこう進むはず」──こうした信念はすべて、確実な根拠のない”物語”である可能性が高いということ。

でもこれは絶望の話じゃありません✨

むしろ逆。物語は書き換えられるんです。

コンスタンティヌス帝の時代にキリスト教がローマの国教になるなんて誰も予想しなかった。ボリシェヴィキがロシアを支配するなんて常識はずれだった。「ありえない」と思われたことが現実になる──それが歴史の本質なんです。


📝 まとめ──「当たり前」を疑う勇気

サピエンス全史を読んでいると、自分の中の「これが普通でしょ?」という感覚がグラグラ揺さぶられます。

でもそれこそがこの本の醍醐味💕

  • 「男らしさ」も「女らしさ」も、社会の神話
  • 家父長制の普遍性は、まだ解明されていない謎
  • 進化心理学は面白いけど、証拠はまだ不十分
  • そして歴史は、私たちの予測を常に裏切る

「当たり前」を疑えるようになったとき、私たちは初めて自由に物事を考えられるようになる──ハラリが本当に伝えたいのは、きっとそういうことなんじゃないかなと思います(^▽^)

次回もサピエンス全史の深い世界を一緒に探検しましょう!お楽しみに📗🌍✨


参考:ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史──文明の構造と人類の幸福』(河出書房新社)

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